先日のW杯アジア予選UAE戦、タイ戦と先発し、圧倒的な存在感を見せた川島永嗣選手。
現在フランスのFCメスに所属している34歳の川島選手ですが、日本のゴールキーパーが海外に移籍するのは非常に珍しく、厳しいことだと思います。
今回はそんなゴールキーパーの海外挑戦について見ていこうと思います。
川口能活選手
画像:Piky-media.jp
まず、欧州に初めて挑戦した日本人ゴールキーパーと言えば川口能活選手。
2001年に横浜マリノスからイングランド2部のポーツマスFCに移籍。この時の移籍金は当時のレートで約3億円、ポーツマスFC至上最高額での移籍となりました。
そして2002年には日本人として初めてFAカップへ出場。しかし、新たなGKの加入により出場機会を失い、チームが1部に昇格したときには完全に試合に出れない状態に。
そんな中、2003年にデンマークのFCアシェランに移籍。しかし、現在の川島選手同様出場機会に恵まれず、2005年にジュビロ磐田へ移籍。
Jリーグ復帰してからはベストイレブン選出など、日本代表でも大いに活躍しました。
やはりゴールキーパーの海外移籍は非常に難しいというのがわかります。チームのDFが悪く失点したとしても、キーパーに対する評価として良くありません。
難しい理由の1つとして、言葉の壁があります。
キーパーはポジション上、1番全体を見渡すことができ、キーパーに求められるスキルとして指示する能力が重要になってきます。
川島永嗣選手
川島選手は移籍前から英語、イタリア語、ポルトガル語などを勉強しており、会見で英語を使って質問にも答えていました。TV取材では、英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語は日常会話レベルで話せると語っていました。
そんな努力があり、海外初挑戦となったベルギー1部のリールセSKでは正ゴールキーパーのポジションを獲得。リールセから現在のFCメスの間に2チームを挟み、一時は無所属の状態にもなりました。
そして2016年8月にFCメスに移籍しましたが、クラブの公式ホームページで『川島は第3ゴールキーパーを務める』と発表され、現在の厳しい状態にいます。
このように海外の厳しい環境でも腐らずに準備し続け、挑戦し続けてきた川島選手だからこそ代表戦であのような素晴らしいプレーができたのではないでしょうか。
さらに、ハリル監督はこの川島選手の精神的な強さが日本には必要だと語っています。
代表での川島の先輩には、川口選手、楢崎選手がいました。
川島はその先輩に対し、
『僕は今でも日本代表の偉大な先輩、川口さんや楢崎さんに追いつきたいと思っている。今の立場(精神的な支柱)になって改めて2人の経験の大きさを感じることもある。その意味では選手としてまだまだ学び続けなければならない。』
とコメントしています。
川島選手の有名な『ドヤ顔』や、185cmの大柄な体全体で見せる気迫のガッツポーズは、選手のみならず観戦している私たちですら士気が上がる思いがします。
2018年ロシアW杯、日本の守護神がゴールを守ってくれると信じています!